夢の旅路
―僕はギターを担いで
いつものスタジオへと向かう
そこには見慣れたあいつら笑ってる
今でも馬鹿してる?―(song by下北沢ブルース)
地方から出てきた夢追い人は自然とこの街に集まる。人も店もそこに流れる空気もトーキョーらしくないゆるさを共有している。新宿・渋谷から電車で10分という便の良さにも関わらず、独特のダサさをもつヘンテコな街、下北沢。ギターを手にした多くのパンクキッズが憧れるライヴハウス“下北沢屋根裏”、そこに彼らの姿はあった。
教室よりはるかに狭い室内。演者と観客の間にほとんど隔てはない。真っ暗なハコの中にラモーンズの往年のナンバーが響き渡った。次のバンドの演奏が近い。空間をほぼ埋め尽くす数の観客が各々話を止め、ステージに目を向ける。そして一瞬の沈黙のあと、闇の中に眩しい光が差し込んだ。パンクバンドGROOVY GLOWの登場だ。

「初めてギターを手にしたとき、プロになるって決めたよ。ほんとに、いやマジで」
独特の鹿児島訛りでそう話してくれたのはヴォーカルのTAKA。中学3年生のときに友人宅で初めて触れたギター。そのとき聴いたギターの歪み(ひずみ)に感銘を受け、彼のパンクロック人生が始まる。高校2年生のとき、中学の同級生であるドラムのチン池田とGROOVY GLOWを結成。
地元のライヴハウス“LIVE TRAIN69号”にてバンド活動を行う。翌年、SONY主催の全国高校生音楽祭で優勝。九州代表として“川崎CLUB CITTA’”にて1500人の観衆を前に堂々のパフォーマンスを披露。喝采を浴びる。その後上京。数々のメンバーチェンジを経て、サポートメンバーであるギターの亮、ベースの鬼塚脇ダイゴを加えた現在の編成に成る。2007年にはオムニバスアルバム「私をライブに連れてって Vol.3」にて全国発売を果たす。
―グルービーは日本語でいきます―
自分たちの唄う音楽を「日本語パンクロック」と称す。言葉のとおり、グルービーの曲はすべて日本語で唄われる。なぜか。そこには彼らの強いこだわりがあった。
「音楽を聴くとき、俺が聴くのは歌詞なわけよ。それぞれ聴き方はあるけどね。一発目でいいなって思うのはやっぱり日本語。だって日本人だし。英語が嫌いなわけじゃないんだよ。英語はハイスタ※①でいい。だからグルービーは日本語でいきます」